デス・オーバチュア
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小さな村があった。 村は燃えていた。 炎でできた蝶が空を美しく舞っていた。 炎の蝶が横を通り過ぎた瞬間、家も人も一瞬で燃え上がり、そして燃え尽きる。 「ねえ、ネメシスちゃん、私って本当に優しいですよね〜」 ワインレットの扇情的なドレスを着こなした赤毛の熟女は、深紅のメイド服の少女に同意を求めた。 「…………」 深紅のメイド服の少女は無言でため息を吐く。 熟女と少女はよく似た外見をしていた。 赤髪赤目、赤一色の衣装。 だが、二人から感じられる印象はまるで違った。 熟女は明るく派手な燃え上がる炎のような『紅蓮』。 少女は暗く深く濃い『深紅』。 どちらも同じ『赤』でありながら、微妙に、そして決定的に違うイメージを纏っていた。 「だって、蹂躙も略奪もまったくしないんですよ、こんな優しい侵略者が他にいますか? いないですよね〜」 「……はいはい、ジブリール様は優しいね。老若男女の区別なく皆殺しにするだけだもんね」 肯定するというより、皮肉げにネメシスは答える。 「ですよね? 自分でも優しすぎかな〜なんてたまに思うんですよ〜」 ジブリールは皮肉に気づかなかったのか、気づかないふりをしているのか、満足げな笑顔を浮かべていた。 ジブリールのウェーブのかかった長い赤毛が風になびく。 対照的にネメシスのストレートロングの深紅の髪は風の影響などないかのように揺らぎすらしなかった。 「というわけで、優しすぎる私はもう殺戮飽きちゃったから、あとよろしくお願いしますね、ネメシスちゃん〜」 「……はあっ?」 ネメシスは、『何を言っているのだ、この女は?』といった感じの表情を浮かべる。 「じゃあ、先に帰っていますね〜」 ジブリールの体を赤い炎が包み込んだと思うと、炎と共にジブリールの姿は完全に消失した。 まるで最初から存在していなかったかのような、鮮やかすぎる消失である。 「……殺すのが面倒になったな……だから、村ごと遠距離から一撃で吹き飛ばそうよって言ったのに……それじゃつまらないから一匹ずつ焼き殺そうって言ったくせに……」 ネメシスがブツブツと文句を言っている間も紅蓮の炎が、家屋を、そして人々を焼き殺していた。 全てジブリールの仕業である。 基盤のイェソド・ジブリール。 『紅天使』とか『命を弄ぶ者』とか『全てを灼き尽くす炎』とか呼ばれて恐れられる彼女は、人を生きたまま灼き殺すのを何よりの楽しみにしていた。 「あたしは、ジブリール様やDと違って一対多数用じゃないうのに……面倒を押しつけてくれるよね」 ネメシスはかったるそうな表情を浮かべると、逃げまどう集団の中に飛び込む。 その集団が何かに薙ぎ払われた。 乱雑に体を何かに引き裂かれ、絶命し、肉塊と化している元人間だったモノ達の中にネメシスがポツンと立っている。 「あの二人と違って、あたしの場合は一匹一匹斬殺しなきゃならないし…ホント、面倒臭いよ……」 心底、面倒くさそうな表情を浮かべると、ネメシスは次の獲物の集団の中に飛び込んでいった。 一人の人物の気まぐれ、暇つぶしで、一つの村がこの世界から消滅する。 そこにはもう命はない。動く者はいない。 けれど、それはこの世界ではさして珍しいことでもなかった。 争いを無くすもっとも良い方法の一つに、棲み分けというものがある。 一緒に住まなければならない理由か決まりでもないのなら、好んで気の合わない、考え方が違う、価値観が違う者と共に住む必要などないのだ。 そういったわけで、聖職者が、神を信じることを好む者達が多く集まってできた国が神聖王国ホワイトである。 そのホワイトの街の一角に、その店はあった。 『人形』を売るその店は……。 「どうだ、『左腕』の具合は?」 白衣の女性は、『客』に尋ねる。 歳を取って色素の抜けた白髪とは違う、艶と輝きのある白髪、青く澄み切った蒼穹の瞳、雪よりも白い肌、容姿の造形は彫刻か何かのように完璧で、怖いほどの美人だった。 「ふむ、悪くはないな」 客である、ティファレクトは左手を握ったり開いたりしながら答える。 白衣の美女はテーブルの上に置かれていたリンゴをティファレクトに向けていきなり放った。 ティファレクトは『左手』で受け止めると、リンゴを瞬時に握り潰す。 「自分の手のように自然に動く……たいしたものだ」 「ああ、だが、その左腕と右足首はあくまで『無機物』だ。人間並みの自己再生能力すら持たないから、あまり無理はさせるなよ」 「ふん、所詮は『人形』の腕ということか……まあ、場繋ぎにはこれで充分だ」 ティファレクトが左手で空を切ると、部屋の壁にえぐり取られたかのような四本の傷痕が生まれた。 ティファレクトは満足げな笑みを浮かべる。 「ではな、世話になったぞ、人形師」 ティファレクトはあはははっと笑いながら店から出ていった。 それと入れ替わるように、ティファレクトが傷つけた壁の横から一人の金髪の青年が浮かび上がる。 まるで、最初からそこに居たかのように自然にだ。 「最近じゃ、義手の販売までやっているのか、リーヴ?」 金髪の青年ルーファスは、からかうように、白髪の人形師リーヴに尋ねる。 「まさか、客の方の希望だから、叶えてやっただけだ。普通、人形の腕を義手として付けようなどとは誰も思わんさ」 「パープルの機械的な義手なんかより、何倍も生身の手に近いとしてもか?」 「近い? 完全に同じ重さと感覚だと訂正しろ。私の人形の人間との差異は有機物でできているか、無機物でできているかだけだ」 リーヴは淡々としていながら、反論を許さない口調で言った。 「はいはい、訂正しますよ。だが、そこまで生身と差異がない人形の体を義手や義足として商売しようと考える奴がいないのもおかしな話だな」 「おかしくもなんともないさ。人形師など、中央大陸に10人……いや、5人と居ないだろうからな、それでは『商業』としては成り立たないだろう? 人形師個人がそういった『商売』するなら話は別だが、それもおそらくはないだろうな」 「なぜだ?」 「腕や足など一部分だけ創るなど、つまらないからだ。何個も手足を作るより、人形を一体作った方が何倍も有意義だ」 「なるほどね」 ルーファスは、リーヴの許可を取らず、勝手にソファーに腰を下ろす。 「さっきの吸血鬼もどきの左腕と右足首……斬ったのは魂殺鎌だな?」 リーヴは確認するように尋ねた。 「ああ、やっぱり解った?」 「切断面の再生能力が完全に停止していた……いや、死んでいたというべきか。そんなことができるモノは限られるからな」 「絶対なる死……魂殺鎌の基本的な能力だからな」 「吸血鬼を斬るのはそれほど難しくはない、だが、『斬り殺す』のは難しい、それほど吸血の再生能力と生命力は本来凄まじいものだ」 「吸血鬼の『生命力』ね……一般的には生きてないから『不死身』って考え方なんだけどね、あいつらは」 「それこそ愚かな考え方だな、死体が『再生』したり『怪力』を発揮したりするか? 死体とは生きた人間とは比べものにならないくらい脆く非力なモノだ。吸血鬼とは人間の何倍ものの生命力を持つ超生物のことだ。人間と魔族の中間の存在とでも言ったところか?」 「説得力あるな、論文として発表したらどうだ?」 ルーファスはからかうように言う。 「私は学者ではなく人形師だ。ところで、最近、亡霊の動きが活発なようだな、辺境の集落がかなり滅ぼされているようだ」 「それが、俺やお前に何か関係あるのかい?」 「いや、この大陸の国々がどうなろうが、余所者である私やお前にはどうでもいいことだ。ただ……」 「ただ?」 「お前は他人事では済まないのではないか? お前のお気に入りは奴ら……いや、あの男と因縁が深い……」 リーヴは真意を探るような眼差しをルーファスに向けていた。 「お前が心配することじゃないよ」 「別に、お前のお気に入りの心配をしているわけでも、お前の心配をしているわけでもない、ただ……」 「ただ?」 「ただ、私は巻き込むなと言いたいだけだ。因縁なら……」 リーヴは上着のシャツのボタンをいくつか外す。 リーヴの左胸の乳房には青い薔薇の刻印が刻まれていた。 「因縁なら間に合っている」 「そうだったな、お前はまだ自分の因縁も片づいてないんだもんな、厄介ごとはごめんだろうな」 「解っているなら、自体がどう展開しても私は巻き込むなよ」 「ああ、一応覚えておくよ」 「一応か……」 「俺の最優先事項はお前じゃなくてあいつなんでね。それに、あの男というなら、俺とお前もまったく因縁がないわけでもないだろう」 「…………」 「さてと……」 ルーファスはソファーから腰を上げると、ドアに向かって歩き出した。 「もう帰るのか?」 帰る時『だけ』ドアから出ていく不自然さは気にせず、リーヴが尋ねる。 「ホワイトに来ておきながら、お前に顔も見せずに帰るのも悪いと思って来ただけだからな」 「ホントに顔見せだけで帰るつもりか? 泊まっていったらどうだ? あの娘達も喜ぶぞ」 「やめておくよ、大切な人を待たせているんでね」 「大切な人か……大切な玩具の間違いじゃないのか?」 「俺にとってはそれは同意語だよ。じゃあ、またな、人形師リーヴ・ガルディア」 ルーファスは軽く手を振ると、リーヴの方を振り返ることもなく、店から出ていった。 どんな街にでも、夜の闇はやってくる。 そして、夜の闇の中でこそ己の本領を発揮できるモノもまた存在した。 ティファレクトは男の顔面を左手で掴むと、壁に叩きつけ、そのまま路地裏に連れ込んだ。 男はすでに絶命している。 「たかが、後頭部を壁に叩きつけて、引きずっただけで死ぬなんて、人間とは脆弱なものだな」 ここに連れ込んだ大半の人間がそうだった。 ティファレクトは男の脳天を左手で掴み直すと、そのまま手首を回し、男の首をねじ切る。 さらに、首から上を無くし、倒れてくる男の左胸を右手で貫いた。 男の体を貫いているティファレクトの右掌には男の心臓が握られている。 ティファレクトはその心臓を当然のことのように握り潰すと、右手を振り上げ、男の体を引き裂くことで、右手の自由を取り戻した。 「やはり、僅かだが違和感があるな。もう二、三人殺して慣らさないと駄目だな」 ティファレクトは血で赤く染まっている右手の指を舐めながら、呟く。 彼女の周りには血の海と死体の山ができていた。 死体というにはどの死体も損傷が激しく……というか、人の形を残しておらず、肉片という方が正しいかもしれない。 新しい手足のテスト、リハビリ、それだけの理由でティファレクトが虐殺したモノのなれの果ての姿だった。 いや、テスト、リハビリという理由があるだけ今回はまだマシなのかもしれない。 普段のティファレクトは、自らの快楽、あるいは暇つぶしで今と同じことを行っているのだから。 もっとも、どちらの理由で殺されたにしろ、被害者からすれば理不尽な死を与えられたという事実は変わらないだろうが。 「次は女がいいな。女なら別の楽しみも……」 『吸血鬼というより殺人鬼ね』 自らの呟きを掻き消す突然の女の声に、ティファレクトは背後を振り返った。 銀髪の少女が立っている。 少女は叫ぶわけでも、恐怖に怯えるわけでもなく、平然とした顔で、ティファレクトとその周りの血の海と死体の山を見つめていた。 「丁度良い、獲物の方からやってきてくれたか」 少女の態度に微かな違和感を感じながらも、ティファレクトは目の前の少女を獲物に決定する。 首を引きちぎるか、心臓や内臓をえぐり出すか……いや、せっかくの女、それも極上の美少女だ。 これは今夜初めての別の楽しみが味わえるかもしれない。 「なんでただ殺すだけで、血を吸わないわけ? あなた、吸血鬼じゃないの?」 銀髪の少女はやはり、欠片も怯えた様子も見せずに、ティファレクトにそんなことを尋ねた。 「ああ、それは至極簡単な理由だ」 「簡単な理由?」 「この死体を見てみるがいい。殆どが男、数少ない女も二十歳を越えた不細工ばかりだろう?」 銀髪の少女は死体の山に視線を移す。 殆どの死体は首を体から引きちぎられいて、体に残っていても丸ごと握り潰されていたりしていて、まともに顔の残っている死体は殆どなかった。 「……まあ、確かに美形とか美少女って感じのは居ないみたいね……」 「そう、問題はそこだ。我は十代の処女の血しか呑まぬことにしている、それも若くて処女ならそれでいいというものではない! 容姿が美しいのも最低条件だ!」 「……それはまた……たいしたこだわりね……そこまで選り好みしたら『食事』が足りないんじゃないの? そんな条件に合う獲物を捕獲できることなんて滅多にないでしょ?」 「喜ぶがいい! その厳しい我の審査条件に貴様は合格したのだ!」 宣言すると同時に、ティファレクトは黒マントを翻す。 「……光栄って答えるべきなの?」 「そう光栄に思うがいい、この美のティファレクト・ミカエルの一ヶ月ぶりの食事に選ばれたことを!」 「一ヶ月……グルメって大変なのね……」 銀髪の少女は呆れと同情の混じったような表情を浮かべる。 「抵抗しなければ、貴様の体はそこの塵屑共のように傷つけぬと約束しよう。では、参る」 ティファレクトは一ヶ月ぶりの食事である銀髪の少女に向かって、飛翔した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |